「月経前になると別人で」の相談
月経の1〜2週間前になると、気分もからだも普段と違ってしまう――本人も家族もそう言います。月経前症候群(PMS)、なかでも精神症状が強い月経前不快気分障害(PMDD)です。ここで大切なのは、高ぶるとは限らないこと。訳もなく涙が出る、落ち込む、無気力になる――そうした訴えも同じくらい多く、実際には気分が揺れ動くのがこの時期です。基礎編でやった通り、主訴は入口。この「揺れ動き」を、証の軸で五つに見分けていきます。
① 抑うつ・咽のつかえ → 半夏厚朴湯
気分が沈み、咽に何かつかえる感じ(梅核気)や胸のつかえ、ため息が増える。これは気が晴れずに滞る気滞です。咽喉頭の異常感が前面なら半夏厚朴湯。突き上げる興奮より「塞がり」が前面のときの手です。より軽い気滞で胃腸も弱くかぜをひきやすいタイプに香蘇散を用いることもありますが、実際の使用頻度は高くありません。
② 易怒・いらだち・張り → 抑肝散(加陳皮半夏)
ささいなことでカッとなる、いらだって当たってしまう、眉間に力が入り不眠がち。これは肝の高ぶりです。ここは高ぶりを抑える抑肝散、胃腸が弱く心窩部のつかえを伴うなら抑肝散加陳皮半夏に寄せます。①の「塞がる」気滞に対し、②は「昂ぶる」方向で、鎮める発想です。
③ 不安・不眠・落ち込み・倦怠 → 加味帰脾湯
不安や不眠が強く、気分が落ち込む、無気力になる、訳もなく涙が出る。食欲が落ち、疲労感が抜けず、貧血傾向をみることもある――もともと胃腸が弱い人が、ストレスでこうした像を示すときは心脾両虚として読みます。ここは加味帰脾湯です。軽いのぼせや軽度のいらだちを伴うこともあります。「不安・不眠・食欲低下・軽いのぼせ」が決め手です。②の易怒とは違い、昂ぶりよりも消耗と不安が前面に立ちます。
④ のぼせと多彩な不定愁訴 → 加味逍遙散
のぼせと冷えが日替わりで入れ替わり、肩こり・頭痛・疲労・いらだちなど訴えが多彩で移ろう。血虚を背景に気滞と肝の高ぶりが混じる像で、婦人科の代表的な処方である加味逍遙散が受け皿になります。一つの証に決めきれない「まとまりの悪さ」こそが、この処方の適応像です。③との分かれ目は、訴えが移ろうか(加味逍遙散)、不安・不眠と消耗が一貫して前景か(加味帰脾湯)です。
⑤ 突き上げる情動・号泣 → 甘麦大棗湯
わけもなく涙が止まらない、あくびが出る、感情が突き上げて自分でも抑えられない――臓躁と呼ばれる像です。ここは情動を和らげる甘麦大棗湯を選びます。同じ涙もろさでも、あくびの繰り返しと突き上げる情動が特徴的なら臓躁、不安・不眠と疲労感が前景なら③の加味帰脾湯です。
証が方剤を決める
同じ「月経前の揺れ動き」でも、気滞・肝の高ぶり・心脾両虚・不定愁訴・臓躁で方剤は分かれました。病名だけでは処方が決まらず、証が方剤を決める。これが実践の核心です。
重症のPMDD――希死念慮、日常生活・就労に支障をきたす機能障害を伴う場合は、精神科・婦人科での西洋医学的評価と治療(SSRIやホルモン療法など)を優先し、漢方はその土台の上に重ねます。安全性では、甘麦大棗湯・香蘇散・加味逍遙散・加味帰脾湯・抑肝散(加陳皮半夏)は甘草を含み、連用で偽アルドステロン症(浮腫・血圧上昇・低カリウム血症)に注意します。加味逍遙散・加味帰脾湯は山梔子を含み、長期投与では腸間膜静脈硬化症の報告があるため、漫然投与を避け経過を確認します。妊娠の可能性は常に確認します。